夢ふくらまそう!  愛媛県議会議員 ふくら浩一の活動報告  ~大福日記~

大福日記No.3 海賊たちの島 「鵜島」(うしま)!
ブログ更新するのはシンドイと思っていたのですが、言いたいこと・書きたいことが次々と湧き出てきて、何だか毎日更新できそうなくらいです。
いつまで続けられるんだろう…?
今日で3日目、続けるように頑張っていきます。

昨日「鵜島」(うしま)という島に法事があっていってきたのですが
なんだ?そんな島あったっけ? 
な~んていう人もいるんじゃないかな、と思います。
知らない方のために 「鵜島地誌」 という文献をもとに、「因島村上水軍の略史」・「弓削町誌」からも抜粋・要約したものがあるので、ご紹介します。


「鵜島」(現在は宮窪町)とは、村上水軍の本拠地として名高い「能島」(のしま)のすぐ東側に位置する島で、この鵜島内の地名には水軍当時のものと思われるものが数多く残っている。
この地名をたどっていくと、造船・兵糧・関所・古井戸・奉行所・代官屋敷跡など、島全体が村上水軍の総本部のような機能を持っていたようである。

ところが、豊臣秀吉の四国征伐により、伊予・河野氏は城を開き、能島城は落城する。その時に鵜島は住民四散してしまった。
徳川の時代となり、因島村上氏の血を引く 「福羅弥三右ェ門」(ふくらやざえもん) という人物が明暦元年(1655)に織田信義(おりたのぶよし)とともに弓削佐島から鵜島へ一族を引き連れて入植した。

現在でも鵜島の墓地に両名の刻字が入っている墓が残存しており、このことから各地に散らばっている福羅氏のほとんどはこの鵜島から出ていると考えられている。
鵜島は約350年もの間、「福羅」と「織田」の2つの苗字しかなく、血縁関係も濃厚である。

てなわけで、なんかただならぬ雰囲気… 
海賊?がいた島らしいんですね。
いまはほとんどご年配の方しかいない平和な島なんですが、島民の祖先は
瀬戸内にその名を轟かせた海賊 「村上水軍」 なのであります。

苗字は「ふくら」と「おりた」しかないので、島では苗字で人を呼んだりしません。
島でドロボウをしても誰がしたかすぐわかるので、玄関の鍵も閉めません。
海になぜかアヒルがいます。(ホントですよ!)
などなど非常に面白い島ですので、一度遊びに来てみてください。

アクセスは大島の宮窪港からか、もしくは伯方島の尾浦港から 「シーセブン」 というフェリーが出ています。そのフェリーに乗って約7~8分くらいです。
もっとご紹介したいのですが、また後日、追ってご紹介していきましょう。

by fukura51 | 2007-12-02 17:56 | つぶやき・日記
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