夢ふくらまそう!  愛媛県議会議員 ふくら浩一の活動報告  ~大福日記~

大福日記No.5  県議会一般質問
県議会は今日から一般質問に入りました。
本日の質問者は、

・渡部 浩 議員 (自民党)
・菅 秀二郎 議員 (民主党)
・石川 稔 議員 (社民・護憲連合)
・鈴木 俊広 議員 (自民党)     です。

明日12月5日の4番目(大体2時ころ)が私の出番であります。
あまり緊張感が今はまだないんですが、たぶん緊張するんだろうな~と思います。

さて、失敗しないようにホテルで缶詰になって、原稿の最終チェックをしようと思います。

今日はこれにて失礼します。

# by fukura51 | 2007-12-04 09:33 | 県政報告
大福日記No.4  しまなみ海道への想い
3日坊主だけは避けたいと思っておりましたが、何とか回避できました。
今日でNo.4!ですが、ある方からお電話があり、
「政治の話がないじゃないか」とご指摘を受けました。

ふくら 
「あ、いや、最初から難しい話しても見られなくなったらいけないと思って…」
ある方 
「政治家のブログなんじゃから政治活動を報告せんかったらいかんじゃろが!」
ふくら 
「ごもっともでございます…」

というわけで、左のカテゴリのところに「政治活動」の項目が増えました。
項目を増やしただけではまた怒られますので、今日は私の政治活動の
ライフワークである、 
「しまなみ海道の通行料金値引き」
についてお伝えしようと思います。

瀬戸内海に美しい景観をもつ、しまなみ海道(本州四国連絡道路)は、今治、
とりわけ島しょ部の方々にとってなくてはならない生活橋であります。

しかし高い通行料金のため、合併した同じ 「今治市」 の中なのに、
行き来をためらってしまうような状況が続いています。

私自身、現在は今治市街に住んでおりますが、親戚はほとんど島しょ部に
住んでいるため、何かあるたびにこのしまなみ海道を通ります。

選挙中に島民の声を聞きました。
「島にはリハビリできる病院がなく、今治市街に通わないといけないが、
交通費だけで月に5~6万かかる」
「島に仕事がなく、病気の両親もいるので、今治に仕事に通ってるが、会社が
通行料金までみてくれないので橋代を差し引くととても給料があわない」
「法事や祝い事があっても橋代を考えると行くのを取りやめる」   などなど…

私の手を握り、
「何とか橋代を安うしてください」
と言った人がいかに多かったか!
私の背中には島の人たちの心からの願いが乗っかっています。
どんなにバカの一つ覚えと言われようとも、いかに抵抗されようとも、
島の人たちの顔を思い出せば 「通行料金の値下げ」 を言い続けられる、
と思ってます。

島の人たちの想いは島の人間だからこそわかるんです。
観光のためだとか社会実験の成果が上がっているとか、それらは
大事なことではありますが、値下げしてもらうための材料でしかありません。
格好つけず、本当の想いをぶつけていきたいと思います。

実は、あさって12月5日(水)に県議会で初質問します。
質問のメインはもちろん 「しまなみ海道の料金引き下げについて」 です。
興味のある方は傍聴・もしくは次の日の新聞をご覧ください。
もっと語りたいのですが、逆に「ええかげんにせい!」と言われそうなので、
また明日以降にお話します。

# by fukura51 | 2007-12-03 17:53 | しまなみ海道への想い
大福日記No.3 海賊たちの島 「鵜島」(うしま)!
ブログ更新するのはシンドイと思っていたのですが、言いたいこと・書きたいことが次々と湧き出てきて、何だか毎日更新できそうなくらいです。
いつまで続けられるんだろう…?
今日で3日目、続けるように頑張っていきます。

昨日「鵜島」(うしま)という島に法事があっていってきたのですが
なんだ?そんな島あったっけ? 
な~んていう人もいるんじゃないかな、と思います。
知らない方のために 「鵜島地誌」 という文献をもとに、「因島村上水軍の略史」・「弓削町誌」からも抜粋・要約したものがあるので、ご紹介します。


「鵜島」(現在は宮窪町)とは、村上水軍の本拠地として名高い「能島」(のしま)のすぐ東側に位置する島で、この鵜島内の地名には水軍当時のものと思われるものが数多く残っている。
この地名をたどっていくと、造船・兵糧・関所・古井戸・奉行所・代官屋敷跡など、島全体が村上水軍の総本部のような機能を持っていたようである。

ところが、豊臣秀吉の四国征伐により、伊予・河野氏は城を開き、能島城は落城する。その時に鵜島は住民四散してしまった。
徳川の時代となり、因島村上氏の血を引く 「福羅弥三右ェ門」(ふくらやざえもん) という人物が明暦元年(1655)に織田信義(おりたのぶよし)とともに弓削佐島から鵜島へ一族を引き連れて入植した。

現在でも鵜島の墓地に両名の刻字が入っている墓が残存しており、このことから各地に散らばっている福羅氏のほとんどはこの鵜島から出ていると考えられている。
鵜島は約350年もの間、「福羅」と「織田」の2つの苗字しかなく、血縁関係も濃厚である。

てなわけで、なんかただならぬ雰囲気… 
海賊?がいた島らしいんですね。
いまはほとんどご年配の方しかいない平和な島なんですが、島民の祖先は
瀬戸内にその名を轟かせた海賊 「村上水軍」 なのであります。

苗字は「ふくら」と「おりた」しかないので、島では苗字で人を呼んだりしません。
島でドロボウをしても誰がしたかすぐわかるので、玄関の鍵も閉めません。
海になぜかアヒルがいます。(ホントですよ!)
などなど非常に面白い島ですので、一度遊びに来てみてください。

アクセスは大島の宮窪港からか、もしくは伯方島の尾浦港から 「シーセブン」 というフェリーが出ています。そのフェリーに乗って約7~8分くらいです。
もっとご紹介したいのですが、また後日、追ってご紹介していきましょう。

# by fukura51 | 2007-12-02 17:56 | つぶやき・日記
大福日記No.2 今日は法事にいってきました!
昨日から始めたブログですが、なかなか面白いものですね。
頑張って極力更新していこうと思います。

今日は私の父方のジイさんの法事、巳正月(みしょうがつ)に行ってまいりました。
今年の選挙中に私の当選した晴れ姿を見ずに逝ってしまった、孫不幸なジイさんでした。
享年100歳、老衰であったとはいえ、最後まで私の行く末を心から心配してくれた人だったので心底悲しかった…

まあ、ここであまり切ない話をしてもいけないので…
皆さん、巳正月ってわかります?
墓に行ってから餅を火であぶって、鎌で切り、みんなでワーワー言いながら餅を引っ張ってちぎれた分をその場で食べるという、ちょっと不可解な行事なんですが、我々一族は必ずやるんです。
なんでも 「亡くなった人が墓に入って最初の正月に、寂しくないように親戚一同が集まって賑やかすんじゃ」 と親戚のおばさんは言ってましたが、真偽のほどはわかりません。
詳しく知っている方は教えてください。

法事は島まで行って来ました。
「鵜島」(うしま) という島なんですけど、私の父方一族郎党はこの島にルーツを持っています。
皆さん 「鵜島」 って知ってますか?

知る人ぞ知る 「鵜島」! 知ってたら貴方は島マニアかもしれません。
長くなるのでまた明日以降にご説明しましょう。

# by fukura51 | 2007-12-01 17:38 | つぶやき・日記
大福日記No.1 愛媛県議会議員 ふくら浩一 のブログを始めました!
愛媛県議会議員となってから約7ヶ月、皆様方からご要望が多々ございましたので、デザインや内容の変更など多々これからしていくつもりですが、まだ不完全ながらもブログを開設させていただきました。

「大福日記」などというよくわからない名前がついておりますが、知らない方のために一応説明しておきますと、
私の後援会の中に 「大福会」 という青年部組織がございまして、
これはありがたいことに 「福羅を大きくする会」 ということで 「大福会」 なんだそうです。
体型はすでに充分大きいのですが 「政治家として大きく育ってほしい」 との思いが込められているそうで、
ほんと青年部の方々には感謝・感謝の一言です。
その大福を取って 「大福日記」 という何も考えていないようなネーミングですが、わかりやすいのでとりあえずそうさせていただきました。
あまりにも不評の場合は考えますのでご一報ください。

今後、県政報告や後援会活動、そして取るに足らない私のつぶやきや日記のようなものまで書き連ねてみようと思っております。
大体2~3日に1回ぐらいの割合で更新していこうと思っておりますので、
まあヒマつぶし程度でご覧になってください。

今回皆様方にお伝えしておきたいのは、な・なんと…
県議会において初質問をすることになりました!
一期生最年少である私にまさか年内に質問する順番が回ってこようとは…!
あわてふためき必死で質問原稿を作成中でございます。

しかし私の政治活動のライフワークである、島しょ部においての問題点や地域活性化への振興策など言いたいことは山ほどある!ので、思ったよりスムーズに進んでおります。

12月5日(水)に初質問しますので、6日(木)の新聞に載ると思います。まあ興味のある方はご覧になってください。また後日、内容についてやウラ話など話せる範囲で公開していこうと思っています。

これからも宜しくお願いいたします。


# by fukura51 | 2007-11-30 18:15 | つぶやき・日記