夢ふくらまそう!  愛媛県議会議員 ふくら浩一の活動報告  ~大福日記~

大福日記No.33  パイレーツ・オブ・ムラカミ その3
皆さん、「パイレーツ・オブ・カリビアン」という映画は知っていますか?
その主演俳優のジョニー・デップ氏が来日しているようですね。
演技力はもちろん、目力(めぢから)のあるすばらしい俳優だと思います。
現在、人気No.1のようで、新作映画も近々公開されるようです。
興味のある方はご覧になってはいかがでしょうか?

昨日は因島村上水軍についてお話しました。
三島村上水軍のその後などについて今日はお話しましょう。

時は天正13年(1585年)、豊臣秀吉が四国征伐に乗り出した頃から、
海の大名として繁栄し、「海賊大将軍」と恐れられた
村上水軍の落日が始まりました。
強大な制海権を持っている上に、織田信長!が擁する九鬼水軍を
コテンパンに叩きのめしたり(再戦した時は鉄甲船を造られて完敗でしたが)
独自のルールで行動し、権力にこびへつらわない村上水軍を
時の権力者は放っておいてはくれませんでした。

三島村上一族の惣領ともいうべき能島村上氏は秀吉から目の仇とされて
勢力を失墜していきます。
天正16年(1588年)、「海賊禁止令」が発せられ、因島村上氏は
海上特権をすべて奪われましたが、能島村上氏はそれだけではなく、
瀬戸内海から追放されてしまいました。
しかし、因島村上氏は毛利氏配下の小早川隆景に属して因島・向島を
領有していたため、その後も勢力を維持していたようです。
 
慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いが起こり、毛利氏は西軍に味方しました。
関ヶ原の戦いは西軍の敗北となり、毛利氏は長門・周防(山口県)の
二国以外の領地はすべて没収処分となりました。
このため因島村上氏は、備後から退去せざるをえず、毛利氏に従って
長門に移住していったようです。

その後、因島村上氏の領地は削減、家臣たちは四散したことから、
領地を返上して因島に帰り、毛利氏の船手組番頭となったそうです。

ざっと水軍の歴史を振り返ってみました。
また明日以降、お話しましょう。

by fukura51 | 2008-01-10 19:36 | 村上水軍を語る
<< 大福日記No.32  パイレー... 大福日記No.34  パイレー... >>